ひびひびもんもん

日々日々悶々と書き散らしながら

自分のその日の生存に直結しないから、その思考は自由でそして可能性に満ちている。『ぼくらの』(鬼頭莫宏)より。

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(作中に出てくるロボット。下手くそですみません。)

このタイトルは漫画『ぼくらの』(鬼頭莫宏)の9巻のに出てくる一節です。

『ぼくらの』はざっくり言うと地球を守るために少年少女が戦うSFです。ネット上では「アンインストール」というアニメ版のOPが有名ですね。タイトルの一節は、漫画に登場するある教師の、持論みたいな感じです。以下タイトルを含めた全文です。

 

考えなさい。

それは人間に与えられた最高の娯楽なんだよ。

特に中学生くらいの年代にとっては、とても大切なんだ。

それは人生に於いて、最高の思考の喜びを与えられた瞬間。

日本のような先進国に限定される話しではあるけれど、今日の食事を得るために思考力を使わなくて良い期間。

それは生物が生存していく観点からみれば極めて特殊なことだ。

大概の生物は食事を得るためにその思考のほとんどを使う。

そして実はそれは人間の大人も全く変わりがない。

大人も今日の自分の食事を得るために考えているに過ぎない。

他の動物となんら変わりのないレベル。

大人の思考は実質動物と変わらない。

でも子どもの期間は違う。

自分が生きることに直接関わりのないどうでもいいくだらないことに、悩める期間。

大人からすればそんなのは社会に出ればわかるとか現実には通用しないって答えられてしまうような青臭いとされる悩みや考え。

でもその答えは実は答えになっていない。

日々に流され考えることを放棄しているただの言い訳だ。

そういった子供の頃に抱く潔癖さの入り混じった考えや悩み、それはとても重要なことだ。

自分のその日の生存に直結しないから、その思考は自由でそして可能性に満ちている。

 

どこか心に響く文章です。

今、僕は大学生ですが、その大学生という期間が「自分が生きることに直接関わりのないどうでもいいくだらないことに、悩める期間」の最後なのかもしれません。

ただ、「自分のその日の生存に直結しないから」というのであれば、大金持ちで働いていない人の思考は自由で可能性が満ちているってことになりますよね。他にも株をやってる人だとか、印税で暮らしている人だとか。でも、多分、本当の意味で食事をとるための思考を行わない大人は、ほとんどいないんだろうなぁ。

最近は大学生の社会化(社会とどんどん触れ合って学んでいこう的な)が是とばかりされますが、悩める最後の期間と考えると、もっと学びは自由で意味のないものでも良いのではないかとも思わされます(というより社会に入っていくための準備に追われすぎ?)。

僕自身、来年の4月から社会人になって、この「大人」の仲間入りです。残り少ない自由で可能性に満ちた思考の時間を噛み締めながら、日々を過ごしていきたいです。

 

自由で可能性のある思考を持った大人になりたーい!

ぼくらの(1) IKKI COMIX

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ぼくらの 9 (IKKI COMIX)

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